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2008/11/06

電気掃除機におけるメタモルフォーゼに関する一考察

Imgp0006_2 むかしむかし、まだ電気掃除機が地球上に現れて間もない頃、それは縦長の円柱または四角柱を横に寝かせて車輪を付けたような形をしていた。ホースの差し込み口の後ろがゴミためになっていて紙パックなどはなく、ゴミが溜まればゴミ箱の上でホースの付いてる側をガバッと開けて、ゴミを捨てるのであった。ゴミ箱の上で前後に揺すられるわけであるから、掃除機には大きな取っ手が取り付けられており、またほっそりと長い本体も持ち上げで前後に揺らすには都合のいい形状だったのである。

ところがゴミを捨てれば当然粉塵が舞い上がる。これがどうにかならないものかということで紙パックが発明された(たぶん)。紙パックは消耗品でもあり、継続的な売り上げに貢献するということもあって、またたくうちに掃除機のすべては紙パック式となった。ゴミが紙パックに溜まるとなれば、掃除機は抱え上げて前後に揺する必要もなくなる。また紙パックは掃除機の上面を開口して交換できるほうがスマートではないか。このようにして電気掃除機のメタモルフォーゼは始まったのであった(たぶん)。

Imgp0004_2 この緑色の1台は東芝製のVC-C31型機で、ウチに現存している最古の掃除機である。まだかなり四角柱的なボディ形状が残っているが・・・



Imgp0006 ボディの上面がガバっと開くように進化を遂げている。

さて、お次は全長は前後方向に縮めたほうがコンパクトで収まりがいいということになって、掃除機はどんどん寸詰まったプロポーションになっていく。


次の黄色のものも同じ東芝製でVC-J6D型「強と清」号である。10年位前に1万2000円くらいで買ったものだが、四角柱というよりも立方体というか球体に近い形状になっている。

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20081106_1908_026 しかしこの1台は、両側の車輪が大きすぎるために、掃除中のちょっとした弾みで天地逆さまにひっくり返るという非常に問題の多い製品であった。転倒時の衝撃で床に傷も付きやすい。ヨメは私はひっくり返したことなどないと自慢気に語っているが、ワタクシが掃除すると簡単にひっくり返るのである。おいコラ、この掃除機を設計したエンジニア。どうみたってこの設計じゃあ簡単にひっくり返るだろって。

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そして最新型である。諸般の事情で掃除機が2台必要となって、レンタルームに眠っていたVC-C31を引っ張り出してみたところ、長く放置されていたミドリ君はすでに事切れており(涙)、止むなく新調したのである。今年の春発売されたばかりの機種だが、松下がパナソニックとなったために叩き売りされていたのを買ったのだ。2万6000円。

最近の国産掃除機はほとんど全部がそうなので別に珍しくもないのだが、なんといっても掃除機における近年最大の変容は、ホースも含めて自立することでしょう。なにしろこの自立によって掃除機は押し入れやらクロゼットやらに押し込めるものではなくなり、部屋の片隅でたたずむものへと変化したわけであるから、これは類人猿が二足歩行を始めたにも等しい画期的な進化であった(ただし取説を読むと、このナショナル製MC-P800W型は押し入れの下段に収納にもできるように周到に工夫されている。押し入れに入らない掃除機なんて絶対買わない!という家庭も多いようだ)。

さて、進化が大きく進展するのは外的環境が激変した時代である。掃除機におけるカンブリア紀の大爆発は、ダイソンの日本上陸によってもたらされたのだとワタクシは勝手に確信している。

20081106_1910_030 東芝のキイロ君は、ちょうどダイソンが日本に進出してきたころの製品であるが、すでに未使用のノズル等をすべて本体に装着しておけるダイソンの設計の影響を受けて、先細ノズルがホース先端の下側に装着できるように不細工な変化を遂げ、ノズルへと伸びるパイプが収縮しないためにいささかかさばるものの、すでに自立格納できるようになっている(車輪がアンバランスなほどでかくなっているのも、あるいはダイソンのプロポーションを模倣しようとしたのかも知れないね)。

あれほど必要不可欠なものだと思われた紙パックを不要としたサイクロン式という新発明をひっさげた黒船ダイソンの襲来に合って、強い淘汰圧にさらされた日本の掃除機たちのなかにはサイクロン式そのものを模倣した一群もあったが、大多数のものは何を血迷ったか敵の最大の武器である吸引方式で勝負するのではく、収納性というベクトルの異なる方向へと著しい変容をとげて、サイクロン式のダイソンと対抗するという道を取ったのであった(たぶん)。

さて、最新型の掃除機を使うのは、ワタクシにとって生まれて初めてのことで、正直いってかなりの期待感があった。なにしろ白物家電というのは、冷蔵庫にしろ洗濯機にしろレンジにしろ、利用者がすることといえばドアを開けて何かを入れてはまた取り出すという単純な行為しか成立しないことがほとんどなのだが、数少ない例外が掃除機とアイロンである。この両種は人間の身体性、機動性に全面的に依存しており、人間から見れば道具としての性質が格段に強い。したがって利用者の関心をより強く惹起するのである。

で、最初に使ってみての印象は、うーむと唸らざるを得ないものであった。あれこれついている先進機能がどうも小賢しいのである。お○なの浅知恵の集大成という感じなのですね。

Imgp0015 たとえばこの掃除機にはダストセンサーというものがついている。埃を検知するとランプがチカチカ点滅してモーターの回転数が自動的にブォーンと高くなる。おまけに埃探知感度は三段階に変えられる。

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こんな機能本当にいるの? いくら叩き売られていたものを安価に購入したとはいえ、こんな機能のために金を払ったのかと思うと、釈然としないものを覚えるのである。

Imgp0014 しかし一つだけこれはと思った機能があった。ノズル脇のペダルを踏むと吸い込みノズルがはずれて、子ノズルが出現するのである。子ノズルなら本棚の隙間など細い場所も掃除できるし、デスクの下にとぐろを巻いて埃のたまりやすいACタップも簡単に掃除できるのだ。これには参った。今後ノズル分離機能がついていない掃除機は、恐らく死ぬまで買うことはないだろう。

微粒子をどこまで吸い込めるかとか排気の綺麗さとか、掃除機を巡る評価軸はいろいろあるんだろうけど、少なくとも日々の家事において重要なのは吸引方式の大革命などという骨太の発明よりも、ちょっとした使い勝手のよさの集積であるということを痛感するきょうこの頃なのでありました。ちなみにヨメには、この最新型掃除機がトイレ掃除用のブラシに見えるのだという。確かに(泣)。

これは余談だけど、サイクロン式が本当に優れた吸引方式かどうかを巡って広い世界の片隅で神学論争が巻き起こっている。YouTubeにアップロードされているこのおじさんの一連のデモはどれも楽しく説得力もあるけど、しかし彼が勧めるミーレであっても、使い勝手では小骨っぽいアイディアを集大成した日本製にはかなわないだろうなという感じはあるね。

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